推し事について最近おもうこと

推し事について最近おもうこと

こんにちは。

なんとなく、「推し事」について思うことがあったので、つらつらとポエムを書いてみます。

ちなみに、アイキャチの画像はる~ちゃんの写真ですが、本文とはあまり関係ないです。自分が好きな写真だからつかっただけですw

 

推し事については、人によって色んな考え方もあっていいと思いますので、あくまでも僕の意見ってことで読んでいただけるといいな。

そして、別にここに書いたことと反することをしている人に対して批判をするつもりもないですし、人それぞれ「推し事」のモチベーションが違うので、意見が違う人も沢山いるんだろうなって思ってます。

 

僕が「推し事」をする理由

僕が「推し事」をする理由は、たった一つ。

「応援したいから」

こんだけです。

 

もう年齢もいい年なんで、自分のこれまでを振り返っても、周りの人であったり、当然利害が絡んでのときもあったと思いますけど、そうじゃない場合も多くの人から支援や学びの場を与えてもらって今の自分がいると思っています。

まぁー、簡単に言うと1人では育たなかったわけですよね。

 

そんで、歳を経て今でも色んなサポートを受ける機会ってのもまだあるんですけど、若い時と比べると頑張っている人を応援する機会も増えていて、「推し事」も割とその中の1部だと思っています。

 

でね、

勝手に応援してるので、見返りなんかいらんのですよね。

というか、頑張っている姿をみて刺激を受けて、自分も頑張ろうって思えてるので、その姿だけで十分お返ししてもらってるんですよ。

 

なので、「推し事」をしていて見返りを求める人の気持ちは、1ミクロンも自分にはわかりません。

 

ただねー

誰でも彼でも応援しようって気持ちにはなれないっすよね。

応援したい人って、人間的に「かわいい」って思える相手だったり、すごく「素直」で純粋に頑張っている人だったりします。

 

コズルくやってる人は、まぁー頑張ってくれればいいんじゃないかな。

 

推し事の場にいる人について考えてみると

まず、みんなが一律に「推し事」してるとは思ってないんですよね。

 

例えば、配信サービスであれば、そのサービスを楽しみに来ている人と、「推し事」としてきている人が混ざってるわけです。

つまり、ふらっと立ち寄った人と、ファンの人が玉石混交な状態なわけですよ。

 

なので、多分「推し事」で来ている人は、コメントを読み飛ばされても気にならないと思うんですけど、サービスとしてきている人は俺のコメントも読んでよって思っちゃってもしょうがない部分はあると思うの。

ただ、視聴者からは自分と配信者+他の視聴者って考え方になると思うけど、配信者からは配信者自身と多数の視聴者なわけですよね。

だから、読まなきゃいけないコメントは沢山あるし、その配信でみんなを楽しませて配信自体を成立させなきゃいけないし、配信時間だってその後の予定もあるわけだから有限なわけで限られたコンディションの中でやるわけですから、読み飛ばしちゃうこともあったりしますよね。

これもしょうがない。

 

ただね、それ以上に読み飛ばしの理由って、配信者側に見えてないことがあるんですよ。

アプリによっては、送信者には送信成功しているように見えているけど、送信者以外の全員に見えてないときもあるんですよね。

あとは、アプリによってはコメント欄が自動スクロールしちゃって見えなくなっちゃってることに気づかないときとか。

これは、気づきようがないですよね。

 

ただ、配信者側もコメントを読んでもらえるのを楽しみにしている気持ちもわかるんですよね。

なので、自分のコメントが読まれないと寂しい気持ちになるのもわかるんです。

 

で、これを視聴者側だけ解決する方法ってあるんですよ。

とっても簡単!

「もう一回コメントする」

たったこれだけ。

 

「ぼくのコメントも読んでよ!」ってコメントしてもね、これを読んでくれるかもしれないけど読んでほしいコメントはもう一度送らないと読んでもらえないんですよね。

だったら、「僕のコメントも読んでよ!」って書くよりも、もう一度送っちゃう方がめちゃめちゃ健全じゃないですか?

それでも、読まれなかったら見えてない可能性があるので、全部ひらがなにしてみるとかw

で、そういう風に誘導するのも、配信をサポートするという意味ではとても大切なことだと思うので、「推し事」している人は、そのように誘導してあげるのもいいと思います。

 

ただ、人数いるから読み飛ばされてもしょうがないだけだと、それも対立の構造になっちゃうので、配信にとってはネガティブですしね。

 

で、これは、SNSとかでも一緒だと思うんですよね。

 

そんでね。

こういうのができない人ってコミュニケーション能力が低いんじゃないか?って思う人っていると思うんですけど、コミュニケーションって日々なんらかでとってるので、誰でもできるって思ってる人も多いと思うんですけど、意識してコミュニケーションをマネージメントすることって、多分多くの人がちゃんとはできてないと思うんですよね。

意外とむずかしいの。

 

で、なんでむずかしいかっていうと、コミュニケーションって必ず自分と他者で構成されて、他者って色んな人がいるじゃないですか。だから、合う合わないがあるわけで、すべての人と合う状態を作ることは難しいというのは伝わると思います。

ただ、「推し事」の場には色んな人がくるわけですよね。

 

コミュニケーションスキルを高める1つの方法

コミュニケーションを行う上で大切なことは、相手の気持ちを尊重しつつ、自分の意見を率直に主張できる状態のコミュニケーションだと思います。

自己主張する際に、自分の意見を通そうと攻撃的になる方もいるかもしれませんが、意見を通すこと自体に意味はなく、よりよい意見があればそれを受け入れた方がいいので相手とフラットにコミュニケーションをとることが大切ですよね。

このようなコミュニケーションをすることを、アサーティブコミュニケーションと言ったり、アサーティブネスと言ったりします。

アサーティブに興味がある方は、是非、Google 先生に聞いてみて色々文献を読んでいただけるといいと思いますが、ベースとして「誠実」、「率直」、「対等」、「自己責任」あたりのワードがでてくるのかな。

また、この4つをもとに、アサーティブ12の権利を読んでいただくとわかりやすいのかな。

 

12の権利

  1. 私には、日常的な役割にとらわれることなく、ひとりの人間として自分のための優先順位を決める権利がある
  2. 私には、賢くて能力のある対等な人間として、敬意をもって扱われる権利がある
  3. 私には、自分の感情を認め、それを表現する権利がある
  4. 私には、自分の意見と価値観を表明する権利がある
  5. 私には、自分のために「YES」「NO」を決めて言う権利がある
  6. 私には、間違う権利がある
  7. 私には、考えを変える権利がある
  8. 私には、「よくわかりません」と言う権利がある
  9. 私には、ほしいものやしたいことを、求める権利がある
  10. 私には人の悩みの種を自分の責任にしなくても良い権利がある
  11. 私には、周りの人からの評価を気にせず、人と接する権利がある
  12. 私には、アサーティブでない自分を選ぶ権利がある

 

人間だから、間違えることもあるし、間違えていいんですよね。

自分も間違えるってことは、相手も間違えるんです。

逆に、相手が間違ってるって思ってるときは、もしかしたら自分が間違えてるかもしれないんです。

 

で、間違えに気づいたら、正しい考えに変える権利もあるんです。

ただ、人間なので常に平常心でいられない時もあったりもするけど、でも、お互いに自分と同様に相手の尊厳は守る必要もあるんです。

 

あとね、

「推し」も人間なの。

だから、失敗や誤りもあると思うし、そもそもキャパ的に対応できないこともあるの。

あと、みんなもそうだと思うけど、自分の主張を頭ごなしに否定されると傷つくじゃん。

「推し」もね人間だから傷つくの。

で、みんなの言葉で「推し」が元気を失うのって嫌じゃないっすか?

ただ、「推し」のことを思って言いすぎちゃってる時もあるのもわかるし、そういうときもあると思うの。

ただ、言いすぎちゃってるかもしれないって思ったら、そこでいうの辞めるとかはアサーティブにしてほしいです。

 

やっぱ、「推し」には笑顔でいてほしいじゃん!

 

この辺をみんなで意識しながら、推しもファンも、ぷらっと来たサービスを楽しんでる人も全員が楽しく「推し事」をできるといいですよね。

 

まとめ

ちょっと特殊な考え方かもしれないですけど、

「推し事」って、普段の日常的な生活の中のコミュニティとはちょっと特殊じゃないですか。

 

家族、近所の人、職場の同僚などなど、基本的に自分を知っている人とのコミュニケーションって多いですけど、「推し事」だと知らない人もいる中でコミュニケーションってわけで。

ただ、同じ「推し」を推しているっていう、すごく強い共通点もあったり。

 

なので、日常的に経験のできないことも体験できる、とても学びもおおい場だと思うんですよね。

 

例えば、ぼくであれば、「写真を撮る」って行為を元々してなかったのですが、る~ちゃんの「推し事」を通じてめっちゃ写真撮るようになったんですよね。

で、写真の概念も多分2年くらい前とは全然違いますし、こないだも写真展に出して、カメラの教室の講師のプロカメラマンからコメントをもらって、それが理解できるようになったり、かわいがってもらったり、今度遊びで一緒に撮りに行こうよって言っていただいたり

「推し事」を通して、趣味の幅がすごく広がってるんですよね。

 

そして撮影スキルがあがってきたことで、「かっこいい写真」が少し理解できるようになって来たり、逆に理解できてない部分はまだまだ成長できる幅なんだなって気づいたり。

 

「推し事」を全力でやると、「推し」に力にもきっとなってると思うんだけど、それ以上に自分自身の人生が豊かになると思います。

なので、ポジティブな気持ちでみんなで楽しく「推し事」をお仕事よりも本気でうちこも~♪